けものがゆく道のむこう

いいにおいがする方へ かすかな気配をたどる道

2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

これまで、誰かに頼みごとをしたり、ものを訊ねたり、自分が作ったものを見せる、などの行為につきまとっていた緊張感が薄れてきた。 息がしやすい。とても。断られてもいいし、否定されてもいい。それは大きな問題ではない。 ということは、うっすらとわか…

”新しい場所”というのは得意だとおもっていたけれど、そうでもない。 こんなにすぐに不適応の吐き気がするのは初めてだと思う。自分の首を自分たちの手で絞めていることに気づいていながら、その手を緩めることができずにいる人々の中で。

M.K.

それは、100年前に異国の山岳地帯を探索した研究者が書いた文章だ。 彼は発見の地に至るまでの道のりをただ示すのではなく、見える景色や肌に感じる空気について淡々と克明に描写している。 落ち着き払ったような顔をして、そのじつ動悸が早まるのを必死で抑…

自分のための料理

誰かのために作る料理はドキドキして苦手だけど、自分のために作る料理は、作っている時間も含めて好きだ。 素材を自分の好きな味つけにして食べるというのは、なんという贅沢だろうとおもう。 冷蔵庫のあり合わせをレンジで加熱するだけで済む料理も、すこ…

このごろ、内側と外側がつながってしまう。 外側のすべてが内側の投影なのだとしたら、私はついに私から逃れることができない。外側で起る現象の無意味さを信じている。 過剰な意味づけは”そのもの”から離れていく行為だとおもっている。 それは、あくまで私…

表情から逃げたい

表情のわかる生き物が苦手だ。 何であれ、他者の表情に自分の心が簡単に揺さぶられてしまう、という状態が心地よくない。それがはっきりと言語化されたのは、外のベンチでごはんを食べているときに野良猫がすりよってきたときで、私は彼らの視線から逃げたい…

脱皮する。 それまで自分自身を覆う表皮であった殻を棄て、 姿かたちを変え、ときに呼吸方法すら変えて、あるステージから離脱し、別の環境へ適応する。脱皮という行為はなにしろ無防備に見える。 あたらしい表皮は脆くやわらかだ。 古い表皮にとらわれて身…

苦痛でしかたのないあの視線、あのまなざしは、私が私自身の視線を相手に投射して、自分を見ているのではないか。絶えず私を見つめているのが私自身の目であるならば、私が私にとってよい存在にならない限り、いくら環境を変えようと、私はこの不安を抱き続…

自分の名前を口にするとき、それが何を意味するのか、わからないような気分になるときがある。 自分の名前だけじゃない。 あらゆるモノゴトから、名前が、ことばが、失われていく感覚。

終わらせるつもりは、あった。 終わらせたいという気持ちも、あった。 けれど、途中でひどく疲れてしまって、終わらせるのに必要な気合みたいなものはどこを探してもみつからなくなってしまった。 予定されていた仕事を、自動的に終える仕組みも整えていなか…

隔てるもの

この空間にはわたしたちが”死”と呼ぶものが充満している、というより、死そのものがこの空間である。 わたしは、その空間に浮遊する閉じられた構造物だ。 いつしか組み立てられた構造の内側を、わたしは”わたし”と呼んでいる。わたしと死はいつも隣り合って…