けものがゆく道のむこう

いいにおいがする方へ かすかな気配をたどる道

飛び石をわたるように

誰にもぶつからないように、人々のすき間をそっとすり抜けるように生きてきた。
飛び石を渡るようなイメージだ。一つ場所を次の石への足掛かりと捉え、あまり長くとどまらないし、こだわらない。
私はいっちょまえに自分の脚力で石を渡り歩いたつもりで、その軽やかさを人々に祝福されたような気さえしていた。

実のところは、運とか縁とかいう誰かの手に強く引かれてようやくここに来たのだと、後になって気づくのだけど。

その進み方は、私の長所であり、短所でもある。
それは、他者との摩擦を生まずに消耗を最小限にして前進した、ともいえるし、誰とも深く関わらずに独りよがりでやってきた、ともいえる。

独りよがりのやり方で辿り着ける場所には限界があったのか、この1年くらい、今までのようなスピード感では前に進めなくなっていた。
進めなくなったどころか、地面にめり込んで、穴にすっぽりはまり込んでしまったみたいに、暗い場所で一歩も動けなくなってしまった。

それは、責任とか、恩とか、借りとか、そういうものを意識し始めて、視界から消せなくなってから顕著になった。
やけに足が重たくて、後ろ髪はひかれっぱなしで。

穴の中で上を向いたら、差し伸べられた手がはっきりと見えた。
けれど、私にはどれをつかんだらいいのかわからなかった。
いままで、気付いたら誰かの手に引かれていた、ということはあっても、どれかを選んだことなんてなかったから。

…ちがう。それは、わかるとか、わからないとか、ただしい答えを見つけられなかったという話ではなかった。
私には、差し伸べられたどの手も、強く握り返す覚悟がなかったのだ。
どの手を握っても、重たい足はさらに重くなり、後ろ髪はさらに強く引かれてしまうという直感が、身体をこわばらせた。
だから私はどの手にも触れることができず、まわりの人たちが”チャンス”と呼ぶものが遠くに流れていくのを、ただ見つめることしかできなかった。

それでも生きなければならないから、穴の中でごそごそ手足を動かしていたら小さな横穴を見つけた。
穴は私の身体ひとつ分の大きさしかなくて、身にまとっていた色々なものは捨てていかなければいけなかったけれど、捨ててみたらそれはそれで快適で、穴をもぞもぞと這って進んだらいつの間にか地上に出ていた。
拍子抜けするくらい身体は軽くて、辺りを見回しても、誰かの手の気配はどこにもなかった。

私はあの暗い穴の中で、何を捨ててきたのだろうか。
手が見えなくなったことは、私が運に見放されたことを意味するのだろうか。

私は、責任も恩も借りも捨てて、無責任で恩知らずで破産宣告をした身になった。
誰かの期待に応える、という選択肢は失われて、結果的に「責任とか、恩とか、借りを背負いながら、それをきっちり返していく自分を認めて欲しい」という欲望が消えた。