けものがゆく道のむこう

いいにおいがする方へ かすかな気配をたどる道

涙を流したまま

親も含めた他者の中で、彼女は初めて私に対して「美しい」という言葉をあてはめた人だった。

中学生の時、それは同級生のお通夜の日だった。亡くなった男の子はあまり親しい友人ではなかったが、彼はやんちゃを絵に描いたような、学校中の誰もがその存在を知っているような人だった。快活で人好きのする少年は、おおよそ死とはかけ離れたところにいるように思えた。
私は葬儀場で無表情に涙を流していた。13か14という歳の自分たちにもある日突然死が訪れるという事実を呆然と受け止めたときに、気が付いたら涙は流れていた。きっと、私は友人のために泣いたのではなかった。死のあまりの身近さにうろたえて、若くして死ぬことの理不尽さとか、あとは名前を知らない感情が溢れて涙になったのだと思う。今ならその感情を感傷と名付けるかもしれない。
お焼香を終えて葬儀場のロビーに戻ると彼女がいて、私は小さく会釈した。私は涙を流したままで、それを拭うという動作を忘れていた。
彼女は私の顔を正面からしばらく見つめて言った「涙を流している貴女は、とても美しい。」
美しいということばは、その場にずいぶん不釣り合いであまりに唐突だった。友人の死と、涙と、美しいということば、あのときの私はなにひとつ飲みこむことができないままその場を去った。